さすがギター! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ
知ってる人は知っている
(当たり前ですね
)
そんなフレーズから始まる時は大抵
知る人ぞ知る…そんなアーティストを
ご紹介する時に使うんですが…
エリック・ゲイル… と聞いて
知ってる!知ってる!…と反応する方は
ギターでも弾いてない限り、そんな
多くはいないかと思う…。
古い人だし…
と言っても、時々取り上げる
1940年代ほどは古くもないし
マイケル・ジャクソンのアルバム
「 BAD 」にも参加したらしいから
大昔のギタリストでもない。
70年代から 80年代にかけて
フュージョン・グループ「スタッフ」の
ギタリストとして…。また、
数多くのセッションで彼の名前は
知られていた職人的ギタリスト。
僕が、エリック・ゲイルの名前を知った
きっかけは、たまたま買ったギターの
ピックが エリック・ゲイル -モデル
だったから。
そんな訳で、エリック・ゲイルとは
どんなギタリストなのか気になって
聴き始めた。
セッション・ギタリストらしく、
ジャズから、R&B、ブルース等々
いろんなスタイルを演奏できるんだけど
エフェクターを使って音色を変えて
そのジャンルらしい音に合わせるのは
好まず、いつ聴いても大抵、同じ音…
つまり、これぞエリック・ゲイルの音…
というスタイルを崩さない。
彼がギターフリークにそれほど有名でも
ないのは、彼と同じ時代のギタリストが
速弾きや、特殊奏法などにとりつかれて
派手なステージ・パフォーマンスや
そのルックスに夢中になる一方、
エリック・ゲイルは
ギター少年には地味だったのが理由
ではないかと思う。
しかし、ギター少年には地味であっても
彼の豊富なセッションや、
ピアニストのリチャード・ティー
ドラマーの スティーヴ・ガッド
らのテクニシャンと共に
フュージョン・グループ「スタッフ」を
組んだのだから、その道のプロには
認められてるという証。
今日の曲は、
1973年のソロ名義のアルバム
「フォアキャスト」から
「クレオパトラ」
クレオパトラ…なんて言うから
エジプト辺りのアラブ風メロディかと
思いきや、中米あたり
ジャマイカや、キューバ辺りの
ヤシの木でも連想しそうな
 
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夏向きの軽やかな曲です
Eric Gale – Cleopatra
2019アメーバおみくじ
何度も引きなおした結果です
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みなさん、こんばんは😍✨
お正月はお家でギターの練習したり、
上坂さんのお家でイチャイチャしたりしてきました💓えへへ
TOKYO MXで「24時間 バンドリ!TV」放送中です!
あみたいむpart3には、
前島亜美さんMCのコーナーに
白鷺千聖役 上坂すみれさんと三澤でゲストに遊びにいってきました!
YouTube Liveでもリアルタイム配信されてますので、家族にテレビのチャンネル決定権とられちゃった😭という方は、YouTube Liveはいかがですか✨
「24時間 バンドリ!TV」の放送後は、
TVアニメ「Bang Dream! 2nd season」第1話が放送!
お楽しみに🌟
それでは〜❤️
ブックマーカーなら知っておくべきギターの5つの法則
『君が生きた証』映画鑑賞。主人公は広告代理店に勤める有能な社員。成功し、裕福な暮らしをしている。妻とは離婚している。息子は大学生。学生寮で暮らしており、ミュージシャン志望なのか自作の曲と歌詞をつけた歌を部屋で宅録している。そんな矢先、学内で銃乱射事件が起こり、息子は亡くなってしまう。ショックのあまり主人公は酒に溺れ自暴自棄になり自堕落で荒れた日々を送ることになる。場面は2年後に跳ぶ。主人公はボートの中で寝泊まりしている。以前は隆としたスーツに身を包み、身なりも整っており、スタイリッシュなオープンカーに乗り、いかにもクールで優秀なビジネスマンという感じだったが、今は髪はボサボサで無精髭をはやし、塗装工として働いている。どちらがいいということはないが、息子の死とその事件をきっかけに何もかも激変してしまったのは明らかだ。そしてそんな惨事を受け入れることができず、心の整理がつかないままでいることも。そんなある日、別れた妻がやってくる。主人公は前に住んでいた家はそのままにして、失踪するかのように、あるいは逃げるかのように家を出てきたようだ。元妻は息子の遺品をいくつか置いて行く。その中にはギターや息子の書いた曲と歌詞が書かれたノートや録ったCDなど、息子と父親との絆を象徴する物がいくつかある。このあたりで息子の音楽好きは父親譲りであることがわかってくる。夜中まで食い入るようにノートを読む主人公。そしてある人物との出会いが主人公の生活を大きく変える転機となっていくのだが、しかし。
耐えがたい事件や事故によるストレス後の回避的な行動、特に意図的な失踪は(解離のため、この間の記憶がないことも多く、意図や自覚があるとは限らないが)自殺の代理行為であることはよく知られている。親しい人の死によるストレス因があり、うつ病あるいは抑うつ的な状態にあるのならなおさらである。ちなみにアルコールの多飲は抑うつ状態を誘発することがあり(逆にこの映画の主人公のように抑うつ状態だからアルコール多飲になるということもある。アルコールは一時的に気分を高揚させるからだ。もちろんアルコールが抜けると元の抑うつ状態に戻る、あるいはさらにひどくなりアルコールの量も増えるという悪循環に陥ることも珍しくない)、自殺(またはその代理行為としての失踪)のリスクは極めて高くなる。アルコール依存症(そしてその予備軍というべき人たち)の過度の飲酒が「緩慢な自殺」と言われるのもこのためだ。
親しい人の死や到底受け入れることができないような出来事に直面した場合、遺された人はどのように立ち直っていくのか。あるいはどんなケアが必要なのか。あらためて考えさせられた作品である。終盤近くになって観客が知ることになる意外な事実。ミステリーではないが、そういえば、と思わせる巧妙な伏線。主人公と元妻、そして息子の周囲の人物が抱いている苦悩の本当の事情が明らかになる頃には、この映画が取り扱うテーマが我々の予想を遥かに上まわっていたことを思い知らされる羽目になる。
相手の話を聴いて、簡単にその人の哀しみや苦しみがわかったと思うことは大変危険なことだ。迂闊にその人の気持ちがわかったと思ってしまうことによって、かえってその人の「本当」の悩みから遠ざかり、結局自分の思いは他人にはわかりはしないのだと相手の無力感や絶望感や孤独感を増すことに繋がりかねない。人は他人のことを理解できるかどうか。全く理解できないと思うなら相手の話を聴く必要はない。だからといって完全に理解できると思うのは、ごく控えめに言っても傲慢無知、はっきり言えば単に愚かなだけだ。もしそうなら相手の話なんか初めから聴かない方がましなくらいだ。ではどういう立場を私は採るか。完全に相手の気持ちはわからないかも知れないが真摯に相手の言葉に耳を傾け、少しでもその人の本当の思いに近づこうとする不断の努力を欠かさず、忘れないでいることだ。
文章が長くなった。この映画は絶品である。年に500本映画を観たとしても、これより優れた映画は何本もない。それほどの傑作。お薦め。