スローライフからの視点で読み解くガスストーブ

里親登録の前に受けた講座の中で特に気になったのは、試し行動についてでした。実際に里親をされている方2名と里親の世話をされている方からお話を聞けたものの2、3例だけで、自分がいったいどういう心構えをしておいたらよいのか想像がつかず、もどかしかったのを覚えています。海苔ばかり食べる、ミカンばかり食べる、買い物に行くといくらでも物を欲しがって出費が何十万になったとか。

Kちゃんの場合は、わが家に来たのが1歳だったこともあって、それが果たして試し行動だったのか判然としないことが色々あります。例えば、わが家に来たばかりの頃、わざわざ自分で頭を打ち付けたり、一時期、ミニトマトやバナナを小さなお腹にそんなに入るのかと思うほどたくさん食べていたことなど。でも頭を打ち付けるのは面白がってやる子もいるそうですし、大好きなトマトやバナナを乳児院では思いっきり食べられなかったので、お腹いっぱい食べてみたかっただけかもしれません。というか、満腹中枢が未発達ということもあってか、そもそもどのくらい食べたらお腹いっぱいになるのか知らなかったのかもしれません。

これは試し行動なのかなと思ったのは、食事中に私の目を見ながらスプーンや食器を落とすこと。乳児院の担当者からは、落としたらどうなるのか試してみたいという発達段階のひとつの過程だと言われましたが、Kちゃんはその時、まるで女子高生のような怒りに満ちた目をしていたことから、試し行動も入っていたのだろうと思います。わずか1歳の子が「女子高生のような怒りに満ちた目」って普通は想像もつかないでしょうけど、1歳にして「この子は本当に苦労してきたんだね」と初対面の私の母に言わせた程、Kちゃんはすでに能天気な赤ちゃんではありませんでした。これが思春期になったらどうなるんだろうと一瞬心配になったのも正直なところです。

ほかには我が家に来て4、5カ月くらいだったでしょうか。早産で体が弱かったためか、鼻水や咳がほぼ途切れることがなく、少なくとも1カ月に1度は小児科に通っていました。待合室で、ほかの子はママやパパがいるのが当たり前で当然のように甘えているのを見て、自分はなんだか違うというのを感じ取ったのでしょう。箱に入ったおもちゃを床に投げ捨て始めました。出しては投げ、出しては投げ・・・。ガチャーン、ガチャーンと木のおもちゃが床に当たってすごい音を立てますし、ほかの子に当たったら危なかったと思います。でもKちゃんの気持ちは痛いほどよくわかりました。ギューッと抱きしめて「わかるよ。わかるよ。」と言いました。Kちゃんは泣きべそをかいていました。私も泣きそうでした。でもそれからはもうおもちゃを投げることはしませんでした。また、それ以前は待合室で待っている間中、私から離れて動き回っていましたが、この次ぐらいからは、じっと私の膝で待てるようになりました。

それから乳児院に戻る直前のころ、これも試し行動なのかなと思ったのが、それまでダメと理解して触らなかったガスストーブを、また私の顔を見ながら触るようになったこと、あとやはり私の顔をうかがいながらクレヨンを噛むようになったことです。その都度止めてね、と注意しながらもさぁて、どうしたものかな、飽きるまで待つしかないかな、と思っていた矢先に乳児院に戻ってしまったのでした。

特に最初の頃、私は一々試し行動なのかどうかとても気にしていました。その行動が起こった時に、どう対応すべきか知りたかったからです。どの程度で止めさせるべきなのか、やりたいだけさせるべきなのか。食べすぎなど、自分で体調の管理ができない子供に食べられるだけ食べさせてよいものなのかなど。でも今考えると、結局はそれほど気にしなくてもよかったのだと思います。一々それが試し行動なのかどうか詮索しなくても、その子自身の立場に立って考え、けがをしたり体調を壊したりさえしなければよいのだと思います。トマトはいつの間にか普通の量しか食べなくなりましたし、バナナも一度お腹いっぱい、それ以上入らないくらい食べたらいくらでも欲しがることはなくなりました。

まだKちゃんがわが家に来て間もないころ、私はほんとうにKちゃんのお母さんになってよいものだろうか、と自信がなかった時期がありました。でも、ある里子さんの文章に「里親は自分が子どもの親だと自信をもっていてほしい」というような意味のことが書かれていて、「そうなんだ、私はKちゃんのお母さんであってよいのだ」と悟り、「私がKちゃんのお母さんだ」と決心し、そのうちに「試し行動」という言葉が気にならなくなっていきました。ほかの里親さんからも、試し行動かどうかを気にするよりも、その子自身を見てやっていけばいい、ルールはその家庭その家庭で決めたらいいし、できるだけパパとママで統一した方がいいけど、ある程度緩急あってもよいというようなことを言われました。私も徐々に普通のお母さんとして、子どものすべてを受け入れられるようになっていたと思います。

乳児院の担当者によれば、試し行動自体は大抵、1回や2回ではなく、何度も出てくるものだそうです。でもそういう行動が出てくるということは、それだけ心を許せるようになったということなので、里親としては喜んでよいことなんだと思います。それを乗り越えると、幸せな家族の階段をまた一歩上がれるということですから。

もっともっと大変な思いをされた里親さんは多いと思いますし、私はKちゃんを育て上げたわけでもないので、こんなペーペーがえらそうなこと言えないんですけど・・・。試し行動では子どもに対する愛情だけでなく、夫婦の愛情、智慧が試される難しい局面になることもあるでしょう。でも将来どんな家族になりたいのか、夫婦で思い描き、できるだけ家族で話し合い、ヴィジョンをもってこつこつ過ごして行けば、時間はかかっても自ずといつの間にか解決していくものではないかと思っています。

Kちゃんがわが家にいた時、何度も何度も思い出したのが、里親登録前の講座で話された北風と太陽の例えです。北風にならずに太陽になりましょう。なので、愛情ならいくらでも。抱っこも私の腕が続く限りいくらでも。甘えたいだけ甘えさせてあげようと思っていました。大抵のことは何をしてもOK。でも自分や人を傷つけたりすることは絶対ダメ。触りたいものはなんでも触ってOK。触って危ないものや触られると困るものはこちらが見えないところや届かないところに置いておく。まだ幼児でしたし、いろいろルールを作る�
�こちらもしんどいので、大したルールはつくりませんでした。こういうことは里親子でなくても、どこの家庭でも同じようなものなのでしょうけど。

トルストイの『アンナ・カレーニナ』（木村浩訳　新潮文庫）の冒頭に「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである。」 とあります。「幸福な家庭」とはきっと、個々人の欲望や好みや経済力などに左右されたり、ほかの家庭と比べられるようなもの、表面的なものではなくて、在るだけで崇高な善いもの、尊いものなのだと思います。