神秘体験ファッション通販
応援ありがとうございます。
私たちはツイン・レイですかという
ご質問を多く受けますので、
私の体験と、私のサポートにより
出逢ったツインペアーを見て知り得る
情報を書かせて頂きましたので、
良かったらご参考になさって下さい。
(これはあくまでも、ミューの感じた
ことですので、すべてにおいてそうだ
とは限りませんのでご了承下さい。)
ミューのツイン・レイ
⑴見つめ合うと懐かしさや、その目を
知っている感覚になる。また目の色が
同じことが多い。
⑵お互いの声を聞き、懐かしさや
聞いたことがある感覚を受ける。
初対面または、まだそんなに逢ったこと
がないのに、訳もなく涙が溢れ出てくる
ことも多いようです。
⑶男性が、意識を超えたところでの
一目惚れをして、魂が相手を覚えていて、
⑷どれだけ一緒にいても、飽きること
はなく時間を忘れて話し込んでしまう。
また話しをしなくても間がもつ。一緒にいる
⑸出来ること、持っている知識がお互いに違い
⑹エネルギーを共有していて、
お互いを癒し、エネルギーを分ける
ことが可能。もちろん遠隔でもエネルギーを
⑺離れていても、いつも共にいる感覚がする。
⑻1人がエネルギーを出し、
1人が受け止める。話す方と聞き役、
教育係と生徒のような関係性。
⑼親友であり、兄弟、親子のようであり、
愛する人であり、同士である。色々な
関係性があり普通の恋愛、結婚とは
違う。
(10)互いの意見は異なることが多く、
そのことから、互いに学び合い
不要なものを手放し歩み寄る。
(11)2人で光の仕事を始め、他の人の
サポート育成をすることが多い。
(12)どちらかが、至福体験=神秘体験して
アセンションを始めてすぐに
(13)ツイン・レイのセックスは、
すべてを超越することで、この世で
最高の幸せと安心を感じ、とても神聖な
ものであり、2人が放つ愛の光は、
地球全体に広がり、すべてを照らし出す。
(14)出逢ってからライトボディ化が
加速して、互いに病気を治すことが
できるようになるので、病院や薬が
いらなくなる。
(15)遠距離、年齢差、すでに結婚して
いるなど、今までの理想の相手とは異なる、
親の介護などで家から離れられ
ないような事情があり、困難な出来事
を乗り越えてまで一緒にいるかを
確認される。
(16)現世での別れは、どちらかが死んだ
時であり、今までの恋愛や結婚のように
別れの不安がない信頼関係が存在する。
ヨーロッパで神秘体験が問題化
初めての人のために♡。
僕の詳しい自己紹介を書いていこう。
mei-souアーティスト「大島ケンスケ」
1978年、北海道生まれ。
実家の一室に、除霊やお祓いなどを行なっていた師が住んでいて、祖母はそこに弟子入りしてて、一緒にの仕事をしていた。
祖母が死に、入れ替わるように俺が生まれると、その師の先生も去っていった。
近所に神社があり、自然と、その神社に行くのは好きだった。その神社に幼稚園があるにもきわらず、歩いて30分はかかる、キリスト教の幼稚園へ。理由は「オシャレだから」と、後に母は語る。だか自然に、「神様」という存在に対してオープンだった。
14歳の頃、母が原因不明の神経病で入院。その後、入退院を繰り返す。それをきっかけに母の借金が発覚し、一気に家計は火の車で、貧困を味わう。突然訪れた困難に、世を呪う。
毎日のように仏壇や神社に祈るも、病気も借金問題も、悪化する。
そして
「神はいない」と結論づけ、信じてきた神の存在を否定する。
家計をどん底にした、憎くて仕方ないその母親の介護のため、気が狂いそうになりながら、下の世話からなにからやる羽目になる。
浮遊霊やら地縛霊やらが見えてノイローゼ気味になるも、思考を変えたら見えなくなる。
家庭環境は最悪だったが、その頃、ギターを始めていて、楽器を弾き、歌いまくる事で現実逃避。
学校では、家とは全く別の顔を持ち、明るく振る舞い、ちょい悪生徒会長になったする。
生来の目立ちたがり屋だった。
おかけでおっかないヤンキーの先輩との諍いは、高校になっても続くことになる。
中2から、歌手、プロ・ミュージシャンを志す。「俺はスターになって金持ちになる!」と、公言し続けていた。
地元の工業高校へ。
高校生の頃も、家庭事情は大変だが、外ではバンド活動し、女の子と遊びまくり、不良仲間と過ごす。
高校三年生で、北海道規模のバンドの大会でグランプリを取り、ラジオ出演。
20歳で上京。
上京前から、デモテープオーディションで興味を持たれ、レコード会社のプレゼンテーションのライブに出たり、バイトしながらも、劇団のミュージカルの作曲など、すぐにチャンスやコネクション、音楽の仕事を得て、トントン拍子かに見える。
その頃、コンプレックスだった顔を少しでも変えようと、美容整形で目を二重にする。(後にほとんど戻ってしまう)
21歳。北海道時代からバントをやって、同じ頃に上京し、切磋琢磨していた親友が自殺する。家も近所で、死ぬ1週間前に電話で話し込み、落ち込んで行き詰まってた友人に対して、自分の「自慢話」ばかりしてしまった事を気に止む。
何かに取り憑かれたように、バンド活動と、バイトしまくりで、自分を追い込む。
しかし、22歳のある日、頭の中で「ばちんっ」と音がして、
そこから世界が暗くなり、息苦しくなる。病院では原因不明の「呼吸不全」とだけ。
うつになる。
心療内科に通い、向精神薬や睡眠薬を摂取。改善はなく、病状は悪化。薬はどんどん増える。
音楽活動は中止。バイトも休み休みしかできず、あれだけ憎んだ借金を、自分がする羽目になる。もちろん、実家は金銭的に頼れる状況ではない。
毎日チアノーゼで、酸欠の続く中、不思議な感覚をいくつも得て、
一種の覚醒体験や、神秘体験を経験する。
東洋医学の整体師に出会い、自分の体を知り、薬物ではない治療法を知る。
そこから、自分の体にアプローチし、姿勢、立つ、座る、歩く。すべてを意識して行動する。
西洋医学を否定し、あらゆる民間療法や健康法を試みる。
その中で「座禅」や「ヒーリング」を知る。
ふただび、「神」や「大いなる存在」と出会う。
座禅を重ねる上で「恍惚体験」を知り、のめり込む。
ヒーリングで、目に見えないエネルギーのことを理解し始めるも、
既存のスピリチュアル全般の在り方に疑いを持ち、ヒーリングなどは一切やめて、現実的でストイックな「東洋哲学」を学び、実践する。座禅は「精神修行」「健康法」として継続。
呼吸が改善されると、
生きているだけで幸せ、という状態になる。
まだ万全ではないが、音楽活動も再開。コーラス、カラオケ作り、パーティー・バンドのボーカルなどの仕事、バイトしながら、オーディションを受けたりして頑張るも、なかなか芽は出ず。
その頃、借金は200万を超えていたが、
「息が吸えるだけで幸せ」
「金ごときで俺を殺せない」
「そんなもんなんとかなる」と本気で思ってた。
しかし、ちょっと人間関係に疲れたのと、利息を払うのに飽きたので、
自動車工場の寮へ入る。そこで、小説を書きはじめ、すっかりはまってしまう。
工場を半年勤めて、その後はデータ入力の会社へ入り、PCのブラインドタッチを覚える。
その当時付き合ってた女性が妊娠をきっかけに結婚。
商社へ就職(契約社員)。
嫁に借金を立て替えてもらうが、おかげで、お金の信用は0。
当時は金にうるさかった妻と、金、貯金、節約・・・。職場と家の往復の日々。
29歳で息子が生まれる。しかし、育児ストレスを抱えた妻との生活のストレスからか、色んな病気(アトピー・喘息・鼻炎)になり、
それを直すために、色々と健康オタクになる。
玄米菜食など、食生活を改善したら、どんどん病気が治り、生来の虚弱体質が変わる。
陰謀論など、医学、健康全般の問題に疑問を持ち、様々な知識を持っていたので、ブログを始める。
そこで「食」を追求した結果、2012年。八ヶ岳山麓へ移住し、自分で米野菜を作る。
兄が急死する。その数日前に、神秘体験をし、兄とのあの世の約束を思い出す。
2013年。息子の不登校をきっかけに、長年溜め込んでいた夫婦間の怒りが勃発。
そこから、様々な心理学を学び出し、再び「スピリチュアル」を知る。
座禅から、本格的な瞑想へ。
そこで、宇宙と繋がり、一瞥体験、覚醒体験が起こる。
その体験を元に、地元で瞑想会、お話会。
完全に諦めていた音楽熱もまた再発し、アコースティックライブなどを行う。
しかし、まったくお金にならず、
貯金が尽きそうになる頃に、
2016年、
コンサルタントの加美大輔さんとの出会いで、お金やビジネスを学び、
コラボで「八ヶ岳瞑想リトリート」を発案。
それをきっかけに知名度が上がり、
パワー・ブロガーや、作家さんたちとのコラボ企画を行い、
リトリート活動、瞑想会、神社ツアーなどを積極的に行う。
瞑想指導、スピリチュアル意識の普及だけでなく、
歌や音楽を通して、
エンターテイメントとスピリチュアルの融合している。
___________
ふー、
駆け足で書いたけど、
これでもかなり端折ってます。
とりあえず、こんな略歴です。
なんとなく、
経歴的なものは、これでわかってくれるかな?
最後まで読んでくれてありがとう。
今日も世界は美しい。
以前の「はてなブログ」での人気記事を、
こちらのブログにまとめてあります。
↓
神秘体験をメイン商品として品揃えしております、センスが光る!こだわりの逸品をお得に♪
もうすごい昔のように感じられるのですが、今の仕事を始める前にインドに行ったことがあって、そこで多分人生ではじめて「瞑想」というのをやりました。
もちろん、瞑想の正しいやり方なんて知らないし、他の人がやっているのを見よう見まねで、ただ目をつぶって、はじめは寝ないように、そして呼吸だけに意識を集中してやりました。
多分、日本から遠く離れたインドという土地に行って、そして、そこまで多くの旅行日程が詰められていない中で「なんか、瞑想みたいなことをするしかない」という環境が良かったのだと思っていて、それから今に至るまでちょくちょく瞑想をします。
僕は自分でこういうことをやっておいてなんですが、個人的にはスピリチュアルからは半分は距離を取ることをモットーとしています。
瞑想をしたりすると、「なんかこれ、宇宙と一体化してなくね?」って体験は多分多く起こります。僕も起こります。でも、なんかそういう神秘体験を偶然した後は、大根の皮をちゃんとむくことに意識を集中するとか、そうやって「生活に帰る」って大事にしています。
なんかこう、仕事帰りにスナック行って(行ったことないけど)、「しーさんすごいね」って褒められて、ちゃんと玄関のドアを開けて「あんた!なんで洗濯物畳んでなかったの?これで何回目!?晩飯抜き!」っていう、娑婆に帰るバランスを大切にしたいのです。わかりにくくてごめんなさい。
生活があって、ミスやヘマがあって、他人から怒られて、問題に対しては現実的な処方をしなければいけなくて、恥もかいて、反省もして、冷蔵庫に閉まってあった野菜をすっかり忘れて腐らせてしまったり、そうした基盤とか、人間的な「しょーもなさ」を大事にしたいのです。
その上で、インドに行った時に「なぜ瞑想をするのか。古代人は瞑想をなぜ必要としたのか」って自分なりに考えていました。考える時間はすごくあって。
僕なりの回答は、古代人が瞑想を必要としたのは、シンプルに「生き残る力を増すため」じゃないかって思いました。
どうしてかと言うと、これは現代人にも通じるのですが、人間って、あらゆる人間関係、時間、そして1時間前の自分のミスやヘマと常に“関係”して、“繋がって”生きています。
「あー、またやっちゃった」
って誰にでもそれは起こってしまって、それが起きた後ってけっこう凹む。そして、凹んでばかりもいられなくて、次にやらなければいけないことも時間と共にやってきてしまう。
そういう時、僕は「娑婆(しゃば)から一時身を離す」という言い方をしているのですが、呼吸を整える。一瞬でも呼吸の数に集中して「あー、やっちゃった」とか「〇〇時にこれをやらなきゃ」という、娑婆に関係していることから自分の身を離す。
そうやって一瞬でも身を離したら、ちょっと冷静になれる。「ま、やっちゃったもんはしょうがない」って。また本来持っている自分の力を出していくしかない。試していくしかない。時々背伸びもして、萎縮もして、発揮していくだけ。そうやって身を整える。そしてまた怖気づく。
パフォーマンスや気持ちが乱れたまま「どどどど、どうしよう」とか「あー、もう〇にたい」とか、そういう気持ちが必要以上に、そして過剰に長引くことは、今の自分の正しい状況把握や立て直し能力を阻害する。その時に不都合の連鎖が起きたら、自分の生命力は弱まっていく。
そういうことを、今まで人間の遺伝子を運んできてくれた昔の人は知っているんじゃないか。今の時代は今の時代の危機ってあるけど、昔の時代に生まれたら、畑を耕していたら隣国の変な人達が攻めてくるとか、収穫物をイナゴが襲うとか、そういう「一瞬先が闇」という危機を乗り越えてきたって、人類は相当すごいと勝手に思っています。その先輩の遺伝子が運ばれているわけだから、危機を乗り越えていく厚かましさって、我々にもあると勝手に思っています。
そういうことを考えるために、やっぱりたまに今でも外の風にあたって、公園のベンチに座ったりします。喫茶店に行ったり、図書館に行ったり、ラーメン屋で黙々とラーメンを食べたりします。
神秘体験 もっともっと、いいケータイへ。
初めての人のために♡。
僕の詳しい自己紹介を書いていこう。
mei-souアーティスト「大島ケンスケ」
1978年、北海道生まれ。
実家の一室に、除霊やお祓いなどを行なっていた師が住んでいて、祖母はそこに弟子入りしてて、一緒にの仕事をしていた。
祖母が死に、入れ替わるように俺が生まれると、その師の先生も去っていった。
近所に神社があり、自然と、その神社に行くのは好きだった。その神社に幼稚園があるにもきわらず、歩いて30分はかかる、キリスト教の幼稚園へ。理由は「オシャレだから」と、後に母は語る。だか自然に、「神様」という存在に対してオープンだった。
14歳の頃、母が原因不明の神経病で入院。その後、入退院を繰り返す。それをきっかけに母の借金が発覚し、一気に家計は火の車で、貧困を味わう。突然訪れた困難に、世を呪う。
毎日のように仏壇や神社に祈るも、病気も借金問題も、悪化する。
そして
「神はいない」と結論づけ、信じてきた神の存在を否定する。
家計をどん底にした、憎くて仕方ないその母親の介護のため、気が狂いそうになりながら、下の世話からなにからやる羽目になる。
浮遊霊やら地縛霊やらが見えてノイローゼ気味になるも、思考を変えたら見えなくなる。
家庭環境は最悪だったが、その頃、ギターを始めていて、楽器を弾き、歌いまくる事で現実逃避。
学校では、家とは全く別の顔を持ち、明るく振る舞い、ちょい悪生徒会長になったする。
生来の目立ちたがり屋だった。
おかけでおっかないヤンキーの先輩との諍いは、高校になっても続くことになる。
中2から、歌手、プロ・ミュージシャンを志す。「俺はスターになって金持ちになる!」と、公言し続けていた。
地元の工業高校へ。
高校生の頃も、家庭事情は大変だが、外ではバンド活動し、女の子と遊びまくり、不良仲間と過ごす。
高校三年生で、北海道規模のバンドの大会でグランプリを取り、ラジオ出演。
20歳で上京。
上京前から、デモテープオーディションで興味を持たれ、レコード会社のプレゼンテーションのライブに出たり、バイトしながらも、劇団のミュージカルの作曲など、すぐにチャンスやコネクション、音楽の仕事を得て、トントン拍子かに見える。
その頃、コンプレックスだった顔を少しでも変えようと、美容整形で目を二重にする。(後にほとんど戻ってしまう)
21歳。北海道時代からバントをやって、同じ頃に上京し、切磋琢磨していた親友が自殺する。家も近所で、死ぬ1週間前に電話で話し込み、落ち込んで行き詰まってた友人に対して、自分の「自慢話」ばかりしてしまった事を気に止む。
何かに取り憑かれたように、バンド活動と、バイトしまくりで、自分を追い込む。
しかし、22歳のある日、頭の中で「ばちんっ」と音がして、
そこから世界が暗くなり、息苦しくなる。病院では原因不明の「呼吸不全」とだけ。
うつになる。
心療内科に通い、向精神薬や睡眠薬を摂取。改善はなく、病状は悪化。薬はどんどん増える。
音楽活動は中止。バイトも休み休みしかできず、あれだけ憎んだ借金を、自分がする羽目になる。もちろん、実家は金銭的に頼れる状況ではない。
毎日チアノーゼで、酸欠の続く中、不思議な感覚をいくつも得て、
一種の覚醒体験や、神秘体験を経験する。
東洋医学の整体師に出会い、自分の体を知り、薬物ではない治療法を知る。
そこから、自分の体にアプローチし、姿勢、立つ、座る、歩く。すべてを意識して行動する。
西洋医学を否定し、あらゆる民間療法や健康法を試みる。
その中で「座禅」や「ヒーリング」を知る。
ふただび、「神」や「大いなる存在」と出会う。
座禅を重ねる上で「恍惚体験」を知り、のめり込む。
ヒーリングで、目に見えないエネルギーのことを理解し始めるも、
既存のスピリチュアル全般の在り方に疑いを持ち、ヒーリングなどは一切やめて、現実的でストイックな「東洋哲学」を学び、実践する。座禅は「精神修行」「健康法」として継続。
呼吸が改善されると、
生きているだけで幸せ、という状態になる。
まだ万全ではないが、音楽活動も再開。コーラス、カラオケ作り、パーティー・バンドのボーカルなどの仕事、バイトしながら、オーディションを受けたりして頑張るも、なかなか芽は出ず。
その頃、借金は200万を超えていたが、
「息が吸えるだけで幸せ」
「金ごときで俺を殺せない」
「そんなもんなんとかなる」と本気で思ってた。
しかし、ちょっと人間関係に疲れたのと、利息を払うのに飽きたので、
自動車工場の寮へ入る。そこで、小説を書きはじめ、すっかりはまってしまう。
工場を半年勤めて、その後はデータ入力の会社へ入り、PCのブラインドタッチを覚える。
その当時付き合ってた女性が妊娠をきっかけに結婚。
商社へ就職(契約社員)。
嫁に借金を立て替えてもらうが、おかげで、お金の信用は0。
当時は金にうるさかった妻と、金、貯金、節約・・・。職場と家の往復の日々。
29歳で息子が生まれる。しかし、育児ストレスを抱えた妻との生活のストレスからか、色んな病気(アトピー・喘息・鼻炎)になり、
それを直すために、色々と健康オタクになる。
玄米菜食など、食生活を改善したら、どんどん病気が治り、生来の虚弱体質が変わる。
陰謀論など、医学、健康全般の問題に疑問を持ち、様々な知識を持っていたので、ブログを始める。
そこで「食」を追求した結果、2012年。八ヶ岳山麓へ移住し、自分で米野菜を作る。
兄が急死する。その数日前に、神秘体験をし、兄とのあの世の約束を思い出す。
2013年。息子の不登校をきっかけに、長年溜め込んでいた夫婦間の怒りが勃発。
そこから、様々な心理学を学び出し、再び「スピリチュアル」を知る。
座禅から、本格的な瞑想へ。
そこで、宇宙と繋がり、一瞥体験、覚醒体験が起こる。
その体験を元に、地元で瞑想会、お話会。
完全に諦めていた音楽熱もまた再発し、アコースティックライブなどを行う。
しかし、まったくお金にならず、
貯金が尽きそうになる頃に、
2016年、
コンサルタントの加美大輔さんとの出会いで、お金やビジネスを学び、
コラボで「八ヶ岳瞑想リトリート」を発案。
それをきっかけに知名度が上がり、
パワー・ブロガーや、作家さんたちとのコラボ企画を行い、
リトリート活動、瞑想会、神社ツアーなどを積極的に行う。
瞑想指導、スピリチュアル意識の普及だけでなく、
歌や音楽を通して、
エンターテイメントとスピリチュアルの融合している。
___________
ふー、
駆け足で書いたけど、
これでもかなり端折ってます。
とりあえず、こんな略歴です。
なんとなく、
経歴的なものは、これでわかってくれるかな?
最後まで読んでくれてありがとう。
今日も世界は美しい。
以前の「はてなブログ」での人気記事を、
こちらのブログにまとめてあります。
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【ミュー・クリスタル目覚めのためのスピリチュアルスクール】
自分自身を知り、混乱する世界から卒業しましょう。一年でスピリチュアル能力が一通り身に付き幸せの世界にステージが上昇します。あなたもミューみたいになれますよ。
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